ことほぎの響き

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カテゴリ:「魂の植物」を読み解く( 35 )

「魂の植物」 完全な植物が、完全な人間に対応することができる

「バッチの花療法への新しい洞察」
完全な植物が、完全な人間に対応することができる


有毒植物は、すでに何か動物的なものを持ち合わせており、身体と精神の絡みのなかに乱暴に入り込み、繁茂させ、混乱させ、眠らせ、耳を聞こえなくし、身体の波動を下げて、精神的な自己が宿るのを防げる。背の低い植物はたいてい不完全で、トータルな人間にはふさわしくない。

その理由は、低い植物では、ゲーテが言うところの調和のとれた原型である「原植物」を、完全に表現することがないからである。例えば、寄生虫のヤドリギは、ほとんど未発達な葉だけからできている。スギナはもともと茎だけで、葉と花を放棄している。シダは葉としてだけ姿を現す。シワナシオキナタケはただ単に多肉の花をつける根であり、緑の中間体を持たない。分裂菌類または細菌は花の花粉と同じである。彼らはすべて何らかの器官を欠いているので、自身を寄生生物として他の(弱められた)有機体と統合して、不安定な完全体を作ることを強いられる。

このような「不完全な」植物では、トータルな人間を治療できない。完全な植物のみが、完全である人間に対応することができる。

*****

バッチ博士はここで「トータルな人間」と言っています。
また、不完全な植物では「トータルな人間を治療できない」と。

現在はたくさんのフラワーエッセンスが世に出ていますが、この中で
優れているものを扱うには、このような意図から生まれていることを知っていなければ
ならないでしょう。

その上で、その後に誕生したフラワーエッセンスを選択するのは
使い手の側の責任で、使うことが成されるので、宜しいかと思います。


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バッチはさまよい、放浪した。次第に、新しい治療方法が熟してきた。時間の経った乾燥した草や根からではなく、摘みたての花から新しい治療薬は作られるべきだ! 花のなかには胚芽があり、植物の再生する力が凝縮されている。もっとも適しているのは、真夏、太陽がもっとも力を持っている聖ヨハネの祝日。6月24日で夏至祭が祝われる)の前後に咲く花である。


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by kotohoginohibiki | 2018-04-24 12:43 | 「魂の植物」を読み解く | Comments(0)

「魂の植物」 インスピレーションの旅路に着くこと

「バッチの花療法への新しい洞察」
インスピレーションの旅路に着くこと



「血」(遺伝情報)のなかに、魂の深層構造のなかに祖先たちは(カール・ダスタフ・ユングは、それを共同の潜在意識と呼んでいる)存在し続け、祖先がかつてよく見知り、愛していた風景、山並み、海岸、植物相、言葉、建築様式のあるその地に子孫が来ると、呼び覚まされ、共鳴するのだ。全存在でくつろぐことができたので、バッチはウェールズを愛していた。すべてが自分のなかで共鳴するウェールズで、バッチは必要としていた予感とインスピレーションを感じることができた。

グル(ヒンドゥー教の導師)もハーネマンのような精神の師も、科学の方法も、彼に新たな道を示すことはできなかった。限りない自由な自然にたいする彼独自の感受性だけが彼を助けることができた。己の心のままに植物の原型であるネイチャースピリット、輝く植物のデヴァに耳を傾けた。

*****

すでに私たちは知っている。
このような感覚に至ることに出会うでしょう。
それは、様々な世界からの助けを得て「血」のなかの
潜在意識(遺伝情報)のなかにある、素晴らしいものを解放することです。

その土地の持つ力に引き寄せられて、私たちはそこにいること。

意識が解放されていること。

ただそれだけではなく、その人の動機によって
体験や知識が伴い、知識が多ければ多いほど、私たちが聞く耳が解放され
引き出そうとしている人を、助けようとします。

どの偉人たちも、インスピレーションの旅路に着くことから深い洞察を得ています。



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歩き回ると、脳のなかで抽象的な概念のみが動くのではなく、肉と血がその動きに入り込み、器官に蓄積された無意識の知恵が熱く燃えたぎり、意識に昇ってくる。かつてベートーベンがウィーンの森を、またはマハトマ・ガンジーがインド洋の海岸をさまよったのと同じく、バッチは自分のインスピレーションを旅することによって知った。
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by kotohoginohibiki | 2018-04-21 18:38 | 「魂の植物」を読み解く | Comments(0)

「魂の植物」 特別なときに特別な場所で、感じ取れる魂であること

「バッチの花療法への新しい洞察」
特別なときに特別な場所で、感じ取れる魂であること

5月の初め、彼は煙を吐き続けるうるさくてせわしない大都市をついに後にした。彼の祖先であるケルトが、5月の初めベルテイン(Beltaine)を1年の再出発として、光と太陽の神 Belenosと三位一体の自然の女神との結婚式として祝ったのは決して偶然ではない。この時期に自然が自らを飾るように、当時は人々も髪に花を編みこみ、他にで健やかに沐浴し、巨大な祝いのかがり火を焚き、そのなかで古い不要物を燃やし、神の夫婦の、天の光と湿った豊穣な大地の統合のシンボルであるメイボールを飾った。ベルテイン際は回転する時間の輪の裂け目と見なされていた。春分と夏至の中間地点である。


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「ケルトの木の知恵」より
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古代シュメール人の女神ベリリは、月と恋と黄泉の国のほかに、すべての木を司っていました。このベリリの配偶者がベリという名のヤナギの神で、ベリはケルト人も信仰するようになって、太陽の神、そして生と死の神でもあるベリンとなりました。

夏の到来を祝うベルティネ際(4月30日〜5月1日)に燃やされる大かがり火は、
そのベリンに捧げられていました。

ところで、このベルティネ際は、さらに時代をさかのぼると月の女神や水やヤナギの魔法に捧げられていました。ところがいつしか父権主義的な太陽信仰が取って代わり、水や月といった女性の神秘的な力が玉座を追われて、火や太陽など男性的なエネルギーが主役を演じるようになったのです。火と水の儀式となったベルティネ際ですが、今では井戸や泉にも捧げられています。

ベルティネ際は、2番目の「節季厄払いの日」に当たります。



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このような魔法の瞬間に、ひとつの時期がもうひとつの時期と交代するとき、「もうひとつの世界」の存在である妖精、神々、祖先たちが、こちら側の絵買いに影響を与えることができる。同時に、繊細な彼岸の人々は、彼岸からのインスピレーションを感じるのだ。

エドワード・バッチがそのようなストーリーに、自分が取り込まれていると信じていたかどうかは疑わしい。結局、彼は現代的な人間だったのだ!しかしながらすべての文化は、現代の物質的な方向性を持つ文化は例外として、特別なときに特別な場所で、魂の深淵にいる祖先たちが予感(インスピレーション)として現れ、理想的な判断ではもはや手の打ちようがない状況において、道を示してくれることを見抜いている。

ウェールズはバッチにとって「形態形成の場」であり、彼の出身地であることと、魂が成熟していたために、その場とバッチは共感し共鳴することができた。


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by kotohoginohibiki | 2018-04-21 14:06 | 「魂の植物」を読み解く | Comments(0)

「魂の植物」 あなたはどちらの道を選びますか?

「バッチの花療法への新しい洞察」
あなたはどちらの道を選びますか?

1928年の秋にバッチは大都市を去り、思いつくままにウェールズに旅した。彼はおそらくそれを必要としたのだ。それ以前彼を研究所で見かけることは稀になっていった。自由になる時間があれば、ノゾに置き換えられるかもしれない薬草を求めて、彼はロンドンの公園をくまなく歩くことに費やした。そのつど緑の薬草の小さい束を持って帰り、ホメオパシーの方法によってこれらの植物を希釈し、原チンキを作り、薄め、リズミカルに振った。けれども、毎回結果は失望に終わった。いかにして植物の隠された治癒力を一定の基準で分類すべきなのか? おそらく新しい希釈方法が必要なのかもしれない。彼は万策が尽きた。

若いときの夢がかつて彼をはばたかせ、若い頃湿原や山の多い土地を歩き回り、新鮮な力と生きる勇気を汲みとった土地へ旅立った。事実、彼はこの旅で渓流の近くに咲く、二つの可憐で色あざやかな野生の花を発見した。黄金色に咲くミムラス(Mimulus)と淡いモーブ色のインパチェンス(Impatiens)である。この二つをロンドンに持ち帰り、調剤した。器質的な不調より、特定の精神的な特徴を元に選んだ患者が被験者となった。彼らのポジティブな反応が、バッチに正しい手がかりをつかんでいることを示した。このことが強く祖先の土地へ引き寄せた。


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1928年の秋に大都市を去り。とありますね。
翌年の1929年に、イギリスのアレクサンダー・フレミングが世界初の抗生物質ペニシリンを発見します。これとほぼ同じ時代なんです。
こういうことが、人間界においてはプラスとマイナスに同時に起こります。

魂の性質は「奉仕」にあります。
最愛なる妻を亡くしたバッチ博士は、脾臓のガンになり奇跡的に助かりました。
その時も、とにかく人を治したい。という愛に満ちた思いをそのままに、捜し求めます。

その思いは自然の植物にある。
それは彼の直感でしたが1920年には腸内細菌の研究で、気づいていたように
七つの異なった腸の状態を反映する七つの人格タイプに沿った
植物がある。その確たる自信を持って捜し求めたのです。この時から8年、ペニシリンが世にでると同じ頃に、祖先の故郷でバッチにハーブを出合わせた。

この宇宙の意図が、まるで
「あなたはどちらの道を選択するのか?」と試しているように。

バッチが選んだ道は「人類にとって無害な癒し」でした。
それは彼の魂の喜びと、真の豊かさにたどり着いた行動なのでした。



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研究所にはもはや発見するべきものは何もなかった。1930年の初めに研究所を閉めた。

それから喜びに震えながら、これまでの研究結果を記した原稿や論文をすべて燃やし、注射器とワクチンのビンを砕き、中身を研究所の洗面所の排水口に流し込んだ。

ノゾの研究は、脱ぎ捨てられたヘビの皮であり、他の者たちが引き継ぎたがった!
バッチは今、人を癒す洞察が生まれた偉大な自然の知恵に自らを開き、ゆだねる準備ができていた。

彼の魂は今自らの深みに耳を傾け、祖先の指示を聞き取ろうと、十分に開いていた。この無への跳躍が完全な治療法を明らかにすることを彼は予感した。名声と経済的な安定は犠牲にするつもりだった。周りの人の目には頭がおかしくなったと映った。


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by kotohoginohibiki | 2018-04-20 19:38 | 「魂の植物」を読み解く | Comments(0)

「魂の植物」 魂を吹き込まれた存在

「バッチの花療法への新しい洞察」
魂を吹き込まれた存在

この意味で、人間を大宇宙との関係で、ひっくり返った、逆さまにした植物とみなすことができる。小宇宙と大宇宙の両方で、同じプロセスが生じる。小宇宙の人間は灰(Faeces)を生み、「開花し」、香りを漂わせ、下方の器官で生殖し、一方頭は宇宙に向けている。それに反し植物は地球全体を頭とし、消化と再生産システムは、はるかなる宇宙に、惑星と太陽に向かって高らかに手を差し伸べている。このイメージイラストについてはのちに記述する。
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花は、植物が動物界(ラテン語anima=魂、魂を吹き込まれた存在、英語=animal=動物)とりわけ昆虫と親しく接触する境界でもある。動物界は大きな地球有機体のなかで魂のある生命の表現であるとされてきた。純粋な植物的な生命から、魂を与えられた生命への飛躍は花被という、外界に向かって開いた空間で昆虫が植物と親しく接触することで生じる。それについても後で詳しく述べよう。

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私たちは突然逆方向に走るという折り返し地点に立ち、そこで消滅と生成が互いに手を差し伸べる。という前回の話がありましたね。

誕生まで胎児は、お母さんのへその緒から栄養分をもらい生きています。が
突然、その過程は断ち切られ(終わりを告げられる)自分で呼吸という新たな生命の道を歩み出すわけですね。

今日は動物界を表現された「animal」
ラテン語anima=魂、魂を吹き込まれた存在という意味のとおり、私たちに「魂」というものが存在することを。

花被にも前に説明がありましたが、萼片及び花弁にはアグニ(火の神)が存在する。
この火の神の力と、昆虫という動物界の魂が出会うとき、飛躍が生じるとあります。植物にとっての拡大発展する力を生じることは、動物界と植物界の親しい接触にあるようですね。

それは人間と植物界との親しい接触も含まれますね。
現に、彼らは動物や人間の吐き出すCO2が必要で、私たちは彼らが吐き出すO2が必要で共存することでバランスが保たれますね。またそれ以上の恩恵を私たちも受けていますし、植物界も動物や人間の管理によってバランスが保たれるため、親しい関係性は今や必須であることを特に、人間は意識しないといけないところまで追い込まれています。


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人間の下腹部においても、食物が消化され、魂の動きを鼓舞するエーテルエネルギーに変換される過程で、植物的な生命から、魂を与えられた生命への同様の跳躍が行われる。

バッチはそのような関係性を感じてはいたが、だが、花の精神的作用の秘密をすべて明らかにし、治療実践に移行できるようになるまでに、まだ確信が持てないもう一つのことにあえて挑戦する必要があった。


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by kotohoginohibiki | 2018-04-16 18:34 | 「魂の植物」を読み解く | Comments(0)

「魂の植物」 存在と宇宙のリズムの対立から生まれる

「バッチの花療法への新しい洞察」
存在と宇宙のリズムの対立から生まれる


根茎と下の方についた若葉は生命力にあふれている。地面に刺すだけで根づく。上の方の枝、葉、とりわけ花弁は、この活力をもはや持っていない。輝く花弁において植物は文字通り燃え上がり、植物性の火のなかで灰になり、鮮やかな色をまといながら滅ぼし、香りの蒸気と花粉に力を出し尽くす。花被(ガク片および花弁を合わせて花被片と呼びその全体を花被という)のなかにアグニが君臨する。花は植物が(サトイモ科のように)固有体温を生じさせうる唯一の器官である。典型的な顕花植物は、開花時に頂点に達し、同時にその存在の終わりを迎える。

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まず、私たち自然界にある有機物は燃やすとすべて「灰」となりますね。
(火葬のとき、骨だけが残るには理由もあり長時間時間をかければ灰になるようです)

前回で述べたように、植物は花が最も輝くときに「火」の力(=アグニ)でエネルギーを高め燃え盛るよう、と形容されるように開花するのですね。
太陽の「火」も和らぎ弱まるとき、活力も弱まって枯れ果てます。

もちろん植物によりますが、一般的には開花を持って活力は失われ、
次のエネルギーの上昇期を待って、次の種や根が大地の中で力を蓄える
その繰り返しであることを教えてくれています。

「死と再生」が同時に体験する誕生もそうですし、死の瞬間もつねに更新の状態を意味しているのでしょう。


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緑と生命は植物から完全に抜け出す。昆虫、カビ、細菌は乾ききった茎、黄変した葉に襲いかかり、灰(腐植土)に戻す。だが、この死の時点は小宇宙の中でと同じく、まさに植物の本質(種のなかで)更新し、繁殖することができるところである。再び我々は、あるプロセスが突然逆方向に走るEnantiodrom(訳注:エフェリスのレラクリットが発展させたイメージ。存在と宇宙のリズムの対立としてあらゆる生物に内在するつねに相互に働きかける力)という魔法の折り返し地点に立ち、そこで生成が互いに手を差し伸べる。


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by kotohoginohibiki | 2018-04-14 10:53 | 「魂の植物」を読み解く | Comments(0)

「魂の植物」 花を咲かせるために生きる


「バッチの花療法への新しい洞察」
花を咲かせるために生きる


この体内現象全体が、外界の自然に鏡像を持つことは興味深い。すなわち顕花植物の展開においてである。開花プロセスも、硬い凝縮された殻としてミネラルを含んだ土壌(地)で発芽し、湿気(水)の助けを借りて殻をこじ開け、成長し、大気(空気)を呼吸し、炭素を吸収同化し、最終的には太陽(火)に向かって花を咲かせ結実するように、四つのエレメントを通り抜ける。植物が開花に近づけば近づくほど、葉と枝はどんどん勝つ力を失うことから、ここでも、一つの非物質化を確認することができる。

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私は今、植樹のために、どんぐりから育てている樹木があります。
どんぐりを思い浮かべてみてください。
種で育つ植物より、殻がとても硬いんです。

そこから観察していると、発芽を見たとき
とても喜びでした。
一番大きい成長は、このときに見られますし、大きな種(どんぐり)なので
観察しやすいのです。

寒い冬こそ、土の中で冷たい風(空気)の中で、じっと耐える力が必要です。
冬もポットで育てていた発芽前のどんぐりに乾いたら水やり。

暖かくなって(火の力が強くなってきて)春に発芽しました。


もう一つ面白い話を聞いたことがあります。


杏子染めを見に行ったときのこと

作家さんのお話では、杏子の花が咲く前にその枝で煮出した液で
染めるんだそうです。

私は花が咲いてから染めたことはありますか?
と尋ねました。

すると

やってみたんだが、全く色が出なかった。と言うのです。

植物は顕花植物は、このことからもわかるように
花のために生きているんです。だから開花に近づくエネルギーの高いときを
見定めて、染め師さんは杏子染めを枝でするのです。

花にすべてエネルギーを注ぎ込んでいる植物は、開花の後は、葉も枝も活力を失う。
このことがよくわかりますね。

この二つのエピソードは
植物の観察をよくしていてわかったことの一例です。


植物って面白いと思いませんか?
その一番エネルギーが注がれた「花」を使ったのが フラワーエッセンスです。


人に例えたとき
同じことが起きています。

私たちも人生で花を咲かせるために、全エネルギーを注いでいるということ

本当に愛おしい存在なのです。



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by kotohoginohibiki | 2018-04-10 16:00 | 「魂の植物」を読み解く | Comments(0)

「魂の植物」 消化プロセス(気づき)による「火」の要素の位置付け

「バッチの花療法への新しい洞察」
消化プロセス(気づき)による「火」の要素の位置付け


アグニは火の神で、死すべき者と神の間の仲介者である。アグニが宿るところすべて、有機体の中であれ、外界の自然であれ、熱、光、灰が生じる、消化においては熱(カロリー)と光(変化した太陽光)が小宇宙(ミクロコスモス)のなかへ入りこみ、生命現象を鼓舞し、魂を温め、精神に光を与える。同時に、灰(Faeces)が排出される。

人智学の創始者であるルドルフ・シュタイナーも、そのような関係を認識していた「人間は、形成する力(エネルギー)を腸から引き出している。(中略)...消化は食べ物の未知の特性を克服することであり、人間が想像、感情生活、思考、体内物質の構築のために必要とする形成力の解放である」。人間の「自我」が弱まると、腸内フローラは病原菌になるのだ。


*****

四大元素の中で、私たちが恩恵を受ける「火」の要素は、太陽光と地熱から得られますね。自然界の有機体はすべて、火によって灰となります。

私たちが生きている間、「火」を使って得られるものは食事だけではないのですね。
最終的には肉体も火葬によって灰となります。

ルドルフ・シュタイナーも、物質的なものだけではなく、人間の想像や感情、思考にもアグニである「火」の要素が使われている。そう伝えています。

物事の消化能力が低下すると、人間の「自我」が弱まり、同時に有機体の身体の消化機能も低下し、腸内フローラでは病原菌が優位になるというのです。

結局、病気がなぜ生まれるかを考えると、人間の物事への消化プロセス(気づき)にかかっているといえるでしょう。


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消化のプロセスは、段階的な「脱生成」、緩慢な非物質化とみなされうる。プロセスは明確な物質から始まり、純粋なエネルギーのレベルで終わる形質変換であり、ある種の希釈現象である! 食物は四つのエレメント、地、水、空気、火を一つずつ通り抜ける。個体の食物(地)は、粥(水)になり、ガス(空気)と熱(火)を放つ。食物は冷たい極から熱い極へと動き、選択、臭覚、味覚の意識現象から、胃、肝臓、小腸、大腸のなかで演じられる無意識の現象へ移る。

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by kotohoginohibiki | 2018-04-04 19:36 | 「魂の植物」を読み解く | Comments(0)

「魂の植物」 すべてにプラーナが存在する

「バッチの花療法への新しい洞察」
すべてにプラーナが存在する

消化管と直に接して、この位置で新たに解き放たれたエネルギーを吸収しようとでもいうように、生殖器と性腺がある。ここで一倍体の細胞同志の結合、卵細胞と精細胞の融合が起こる。この現象も進化の歴史上の発生であり、温かくエネルギーに満ちた原始の海における生命の起源へのつかの間の回帰である。ここでのみ、繁殖と生命の更新が可能なのだ。
しかし、これらの新鮮な生命力のすべてが、生殖活動において使われるわけではない。この生命力は上昇し、すべての器官、すべてのエネルギー生命中枢(チャクラ)を満たし、天空のエネルギーが意識のプロセスに変わるという、有機体の意識の極である頭にまで到達する。ここ上部ですべての器官にエネルギーの源を有する感情の高まりが知覚される。ここは下腹部で生じる無意識が流れ込む生命現象の対極にあたる。冷静で落ち着いた自己反省の場である。

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プラーナとは、物質界層では細胞などを調和して働かせ、その全体を一定の有機物としてまとめ、かつ維持するエネルギーといわれます(神智学大要第1巻ーエーテル体より)

プラーナ循環体系として、太陽プラーナを放射したあと
活力小球と変化し、まずは脾臓中枢で一度吸収されてから脊椎基底チャクラ〜生殖器へと分配されるよう「秘教ーアリスベイリー」では教えられます。

ですので脾臓中枢から分配されたプラーナが各生命中枢(チャクラ)を満たし、天空のエネルギーが意識のプロセスに変わるという。これは宇宙プラーナが太陽に一度吸収され、放射プラーナとして各惑星に放射され、地球も人間もそのプラーナを吸収するので、天空のエネルギーが一度地球に吸収され、放出するとき人間がそれを大地から吸収し、エネルギーが上昇するとき、再び天空のエネルギーの意識のプロセスに変容するというわけですね。

下腹部では物事の消化に時間を割くため、天空の意識(無意識)とは対極になるわけですね。その対極のものを静かに統合し常に反省。

まぁ反省というよりは自己内省する。ということになりましょうか。


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この下方にある極には、内的な生物アグニが宿っている「アグニはすべての生命プロセスを、その外見を、強さを、エネルギーを、重量の増加を、生命エッセンスと輝きであるオージャズ(生命エネルギー)を、体温を、生命の息吹を司っている」


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by kotohoginohibiki | 2018-04-03 19:38 | 「魂の植物」を読み解く | Comments(0)

「魂の植物」 消化能力が、拡大発展と変容をもたらす

「バッチの花療法への新しい洞察」
消化能力が、拡大発展と変容をもたらす

細菌という微生物は生命の源泉に非常に近いので、細菌自身が生命力、繁殖力に満ち溢れているのは、不思議なことではない。30分毎に分裂する細菌は理想的な環境では、たったの1個が24時間後に3億個になる。2、3週間後には理論上、地球より大きな塊になる。彼らは、複雑でない組織化段階にある高度に専門化した生命を表現しており、それゆえに怪物のような繁殖能力をも持っているだけではなく、新しい生存条件化では形と習性を突然変異させる能力をも持っている。適合させるのである。彼らは最終的に固定されてはいず、若い被造物の柔軟性をまだ持っている。精子といくつかの花粉のように、この単細胞生物は時に小さい鞭毛を有し、その鞭毛はかつて原始の海にいたときのように、前に進んだり「泳ぐこと」を可能にする。

*****

この文章を、人間のことに置き換えてみましょう。
するとわかりやすくなりました。

「細菌は私たちの身体の中でも創造の大切な環の一つ」なのでしたね。

私たちの創造するものには、拡大発展していく能力を持っているだけではなく
生きている間に、今までの形や習慣を突然変容させる能力をも持っている。
私たちは、最終的に「死」のプロセスを得ても最終的には固定されずに、若々しく柔軟性を持って原始の海にいたように動き回れる存在なのですね。

ちょうど、文章は「生と死のプロセス」または生命プロセスについて、インド思想やアーユルベーダの話に移ります。物事を自分の中で消化できないことは、身体の中でも消化できずにいるため、シャクティの力のエネルギーが解き放たれないことになります。

心も身体も、あなたの消化能力が落ちている時、立ち止まってください。
そしてエネルギーを充電することです。
そうしたら、再び、動き出して私たちは古い固まったものから解放されると言っています。


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生と死のプロセスは、消化と繁殖をつかさどる下腹部に緊密に関わり合いながら存在している。この場所は、インドの思想によるとシャクティ力(生命力)の源、エネルギーに満ち、本能を解き放ち、すべてを破壊し、すべてを産むクンダリニ蛇の洞穴である。

生存するために、人間を含め動物は他の生命体を滅ぼさなければならない。じゃがいもであれ、ウサギであれ、獲物は殺され、かみくだかれ、唾液と混ぜられ、塩酸、酵素で処理され、最終的に食物のなかに閉じ込められたエネルギーが解き放たれる。古い結合から解放された生命力であるエネルギーは、ここで有機体に自由に提供される。


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by kotohoginohibiki | 2018-04-02 18:24 | 「魂の植物」を読み解く | Comments(0)